不動産情報整備と開示の議論を分けよ!
(住宅新報)

麗澤大学経済学部准教授 清水千弘

不動産市場は不透明であるため,取引価格情報を開示しろといった議論が長年にわたって展開されてきた。日本の不動産市場は,本当に不透明であるのか。それでは,何をもって不透明であるといわれているのか。この議論は別の機会に譲るとして,ここでは,住宅市場における取引価格情報の整備と開示について私見を述べたい。
住宅市場において,取引価格情報を開示すべきであるといった議論の根拠としては,住宅を購入する主体に情報がなく,何らかの経済的な損失を受けているのではないかといった疑義がもたれているためである。経済学の言葉を借りれば,「情報の非対称性」が存在しているといわれる。つまり,売り手または不動産業者は,多くの正確な情報を持ちえているのに対して買い手は情報を持ちえていないので,情報が非対称である,または格差が存在していることが指摘されている。そのような中で,買い手は情報弱者であり,そのために国は取引価格情報を広く整備して開示しろということが主張されているのである。

確かに,一般の家計においては,住宅は頻繁に取引をするものではないため相場観が形成されておらず,通常の買い物とは異なることは確かである。しかし,このような局面で情報が必要であるのであれば,この買い手は,日本全国の不動産の取引価格が隈なく開示されていることを必要としているのであろうか。人間の情報処理能力を考えれば,良質な情報が一定数以上存在していればよいのである。ここで重要なのが,「良質な」情報が買い手に行き届くことなのである。
「良質」な情報の条件としては,一定の空間的な範囲内であること(同じ街・近所),取引対象物件と類似していること(物件の種別や建築後年数など),取引時点に近いこと(新しい情報であること)といった物理的な条件に加えて,再現性が担保されていることが要求される。
それでは,具体的には,どのように「良質」な情報整備・開示を進めていけばよいのであろうか。ひとつのアイデアとしては,住宅の売買時において,「売り手」または「買手」の仲介会社は取引価格情報を5つ程度,買い手に開示することを義務付けるということはどうであろうか。ここで5つというのは,鑑定評価書においておおよそ5つ程度の取引事例が採用されていることが多いことを考えれば,その数で再現性を担保できることを暗に示しているものと考える。
このようなことを実現するためには,仲介業者は,取引価格情報に関する情報インフラを持っていなければならない。大手の業者であれば,自分たちが仲介した情報を多数持っているので可能であるが,そのような情報を持ちえていない業者は淘汰されてしまうのではないかという批判が予想される。しかし,今のままでは,大手業者であったとしても,「良質」な情報が提供できるわけではない。「良質」な情報の条件である「再現性」が担保されないのである。再現性条件を担保するためには,「売り手」「買い手」双方の仲介業者がチェックできることが大切なのでなる(売り手と買い手の仲介会社が同一の場合には,工夫は必要である)。

そのような市場を実現するためには,業者間で利用可能な取引価格情報のデータベースの整備が必要である。具体的には,レインズの活用が考えられるであろう。レインズに報告されていることで再現性が担保され,その取引価格情報のみを利用してよいことにすればよい。情報を多く所有している大手の業者もレインズに成約報告をしなければ「良質」な情報として業務に利用することができないために,報告をすることのインセンティブが働く。宅地建物取引業法では,媒介契約を結んだ際に,媒介契約の種類に応じて一定の期間内において売り物件の報告と契約後にはその成約価格をレインズに報告をすることが義務付けられているものの,とりわけ成約価格の報告は十分に機能していない。このような法規制が存在しているため,システム的には成約報告を受け入れる体制が整えられている。その制度的な機能と位置づけを徹底するだけで,新しい法律を制定することなく,また新しいシステム投資をすることなく,情報整備と「適切な」開示が実現できるのである。

取引価格情報の全面的な一般公開においては,プライバシーの問題や市場を混乱させるのではないかといった疑念がもたれる中で,なかなか前に進めることができていない。一方で,不動産業界の閉鎖性に対する批判も後を絶たない。このような問題を打破するためには,プライバシーの問題や市場の混乱を避けつつ,また,不動産業界に対する社会の批判を排除し健全な市場を育成していくために,取引価格情報を整備・開示していくことは急務なのである。レインズの中に蓄積された情報を一般にオープンにするということではなく,消費者が必要としている局面に,本当に情報を必要としている消費者に対して「良質な」情報だけ選択して開示していくことが重要なのである。情報弱者である消費者に対して,専門家としての業者というフィルターを通じてわかりやすい形で開示していくルールを決定することの方が,住宅市場全体の活性化につながるものと考える。

不動産情報の整備・開示の議論に参加していると,誰のための情報整備であり,何のための情報開示であるのかといったことがきちんと整理されていないのではないかといったことを感じる。闇雲に情報の開示だけを要求するのではなく,また,理念だけに基づく総花的な議論ではなく,持続的な不動産市場の成長を実現させるための「整備」と「開示」といった手段を分けた具体的かつ丁寧な議論が必要な時期に来ているのである。

(2009年10月27日)