不動産業者の責任?
(住宅新報 2009.9.22号)

麗澤大学経済学部准教授 清水千弘

パリに住む友人から,8月の半ばに一通の手紙が届いた。10年ぶりの便りに驚いたが,引っ越しを告げるものであった。その手紙の中に,セーヌ川が氾濫した時の被害を告げる地図が同封されていた。今,パリでは,住宅の売買または賃貸する際に,そのようなリスクを不動産業者が開示することが義務付けているとのことであった。
また,9月には,英国の若い研究者が,地球温暖化が進む中で海面が上昇し,河川の氾濫する確率が上昇してきていること,その確率の上昇が住宅価格に対してどのような影響をもたらすかといったことに関しての研究報告があり,議論をした。この一連の出来事は,欧州において河川の氾濫は,環境問題の中で起こりうる新しいリスクの高まりとして認識され,そして不動産流通システムの中にまで反映されているのだということだと,改めて理解できたのである。
このようななかで,2003年に東京とロスアンジェルスの住宅仲介の比較研究をした論文と総合規制改革会議での議論のことを思い出した。当時においては,耐震性能に関する情報を「重要事項説明」の中に義務付けるべきであるという議論があったが,そのような負担までもが仲介業者に課せられては,流通市場が逆に停滞してしまうのではないかという問題意識から研究を開始した。論文は仲介業者における業務リスクと流通コストを比較したものであったが,日本の仲介業者が極めて高い業務リスクを強いられていることが明らかになった。例えば,ロスでは,地震に関するリスクに関しては,ある確率で発生する地震に関して予想される被害をパンフレットにまとめており,それを渡したことの署名をもらうことで業者の責任は回避されるのである。パリにおけるセーヌ川氾濫のリスク開示も同様である。署名をとればいいだけなのである。
日本の宅建業法において,「重要事項説明」に関する所を見てみると,実に多くの責任を業者に押し付けていることが分かる。米国のリアルターに話をすると,そんな責任を負わされるのであれば,誰も仕事をしないと言われた。そして,手数料は,米国も日本も同じ程度なのである。
一方,不動産仲介を取り巻く問題も後を絶たない。これらのことを総括すれば,とりわけ重要事項説明の中で多くの責任を仲介業者に押し付けてくる中で,実はその責任を誰もおっていないことを暗に意味しているのである。
既存住宅市場を活性化させていくためには,仲介業者が果たすべき役割は大きい。米国や欧州などでの仲介業者の機能は,重要事項説明の多くを占める物件調査やそれに伴うリスクを調査することではなく,売り手・買い手のそれぞれの立場に立って,マッチングしていくことである。日本の場合は,その他の多くの責任が課題に押し付けられる中で,その前段階の仕事に忙殺されてしまっているのである。
日米の比較研究は,もう一つ重要な示唆を与えた。流通にかかるコストは,日本よりも米国のほうが高く,日本の多くは住宅を流通させるためのサービスに対するコストではなく,不動産登記や流通税などの公的負担が中心なのである。このようなことは,既存住宅市場の活性化の大きな隘路になっている。
売り手の責任,買い手の責任,仲介業者の責任を再度整理し,それぞれの主体において責任が取れないものにおいては,その他の専門家によって責任をシェアしてもらうことが必要ではないか。例えば,インスペクションがその一つかもしれない。リスクに関するパンフレットというインフラかもしれない。
既存住宅市場の活性化のためには,不動産仲介に伴うリスクを誰が負うべきか徹底した議論が必要なのである。

麗澤大学経済学部 清水千弘

(2009年9月5日スコットランド グラスゴーにて)